【町子の日常 ♯1】町子、でかける
朝、十時。町子は目を覚ました。
身体中に残る倦怠感はすっかりその存在感を薄め、快適な目覚めと言って良い。
長年付き合ってきた倦怠感とこうも簡単におさらばできるのか、とちょっと驚いた。
町子はこの秋、三年勤めた会社を退職した。
理由は様々ある。とにもかくにも「今辞めねばいつ辞める」と言う状況だった。少なくとも町子にとっては。
辞表を書いてそれが受理されて、引き継ぎやなんかを完了するのに一ヶ月要した。ささやかなお別れ会が親しかった同僚によって開かれた。複雑な感情で過ごした。
お別れ会が終わって、皆とバイバイしたとき、解放感と同時に何か別の感情を抱いた。
それは不安だったかも知れない。寂しさだったかも知れない。
ぽっかりと胸のどこかに穴が空いた感覚。それが、ずっと消えない。
仕事を辞めて、三日間は何もしないで寝て過ごした。
一日中、寝て食べて寝て食べて。
いい加減牛か豚になると思ったので、四日目からは普通に過ごした。
たまっていた洗濯物を片づけ、部屋中を掃除した。
大晦日にはまだほど遠いのに、大掃除ばりの奮闘だった。
そして五日目の今日。朝目覚めた時に思ったことは、
「そうだ。出かけよう」だった。
そろそろ食べるものが無い。
そもそも、会社を辞めてからすっと引きこもっていた。
昨日、部屋の掃除をして風を通したから、今度は自分自身を風にさらさないと。
このままでは苔が生える。
窓から外をうかがえば、絶好の秋晴れだった。
昨日見たテレビでは、今日は一日過ごしやすい気候になると言っていた。
クローゼットの中から適当に服を選んで着る。
ラフすぎるような気がするが、気にしないことにした。
財布にスマホ、それからトートバッグを持って、玄関のドアを開ける。
町子の身体を、秋の空気が包んだ。
町子の新しい一日がはじまる。
(つづく)
次回(お楽しみに)
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